自分を愛すること、受け入れること、

というのは言語の外、つまり感覚です。

 

 

それをあえて言葉にするなら

『自己肯定感を上げる』と言うことができます。

 

 

そして自己肯定感というのは、

意識のどこの領域にあるかというと、

潜在意識の領域です。

 

 

だから言語外の感覚なんですね。

 

 

 

幸福度と自己肯定感というのは

密接に関係しています。

 

 

 

つまり、自己肯定感を上げることが、

幸福度に直結するわけです。

 

 

 

自己肯定感というのは、

自分に対する信頼感です。

 

 

 

自分を信頼して生きるために

自分が自分に対してやるべきこと、

それは自分を裏切らないことですね。

 

 

 

でも、いくら自分を裏切らないって唱えても、

潜在意識というモンスターは、

時として暴走します。

 

 

そうなってくると、

言語的な働きかけ(言語アファメーション)は

もろくも踏み潰されてしまいます。

 

 

エゴが肥大して、視点が低くなり、

視野が狭くなって手に負えなくなります。

 

 

客観性を失って、自我とエゴが一体化します。

 

 

分離の意識が膨らんで、

他人の笑顔に反応できず、

 

「我こそが特別な存在なんだ」

 

と自らの価値を下げにかかります。

 

 

「自分の感覚こそが大事なんだ」と。

 

 

そういうループにハマります。

 

 

 

 

 

ネガティブな考えが浮かぶことは

誰だってあるはずです。

 

 

大事なのは、そうやって浮かんだネガティブな

考えだったり感覚というものを、

自分の中で膨らませないことです。

 

 

 

モンスターの暴走に少しでも気づいたら、

『調和』に向かうように『行動』と共に

心を調整する必要があります。

 

 

『行動』というのは顕在意識と、

わからず屋の潜在意識を繋ぐ『架け橋』です。

 

 

 

 

なんで今さら、こんなことを書いているのか?

 

 

 

今日、久々に自分のエゴが

膨らむのを許してしまいました。

 

 

 

なので、自分への戒めとして書いてます。

 

 

 

ホントに久々のことです。

 

 

 

かつての自分と比べると、

職場でも日常生活でも、

人間関係の軋轢というのが

ほとんどなくなりました。

 

 

 

『戦いを略く(省く)』と書いて、

『戦略』と読みますが、

 

人生戦略とは

 

『いかに戦わないか』

 

ということであって、そのために

自己成長というものがあると思ってます。

 

 

 

人生における自己成長の重要度に気づいて、

10年以上、自己の成長というものに

本気で取り組んできた結果、

 

他人との無用ないざこざというものが

ほとんどなくなりました。

 

 

 

そんな中、自分でも気づかないような

慢心が生まれてたんでしょう。

 

 

 

今回の一件で、また、

ちょっとだけ成長できそうです。

 

 

 

こないだ僕の尊敬する人が、

 

「自己成長や進化というものは、

 突き詰めればエンターテイメントだ」

 

と言ってましたが、

これを聞いて、深く納得するものがありました。

 

 

 

確かに自己成長というものは

上質のエンタメであって、最高の喜びです。

 

 

 

これまでがそうであったように、

これからの1年、2年のうちにでも、

 

過去の自分が見上げるくらい

もっともっと遠くまで行けそうです。

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